三教指帰(さんごうしいき)
空海が唐に渡る前、24歳のときに著したもので、日本で初めて戯曲形式がとられています。その序文には、自分の心の中にある本当の気持ちを表現したいだけで、他人に読んでもらうつもりはないと記載されており、本書は空海自身の出家宣言ともいえるものです。

「人間とは何か、それを理解するためには自分はどのように生きる必要があるのか、大学の学問ではそれを知るための手がかりすら掴めない」とあり、また空海が阿波の大瀧岳や土佐の室戸岬などで求聞持法を修したこと、明星が来影するという形で行が成就したことがなどが記されています。

内容は、中国の古典に学んだ多くの事例をもとに、五人の登場人物にそれぞれの役割を負わせて、儒教、道教、仏教という三つの教えが論じられています。そのなかで空海は、儒学には目前の利益になり、助けになるところがないといい、自らが悟りを開いて仏陀に到達すると同時に、他のすべてのものをそこに導こうとする仏教こそが真の人生の目的であると述べています。また本書は、四六駢儷体という華麗な対句と古典引用を駆使し、国内の漢文学における最高傑作ともいわれています。

弁顕密二教論(べんけつみつにきょうろん)
「顕密の教判」といわれ、唐から帰朝した空海が、顕鏡と密教の二つの教えを比較し、密教が優れていることを論じたものです。上下巻の二巻からなり、上巻では、密教と法相・三論・華厳・天台などの顕教とを対比させ、下巻では、密教の法身仏大日如来の教えを説いています。

空海はこのなかで、顕教の三仏身(応身仏・報身仏・法身仏)に加え、密教は四種法身(大日如来の位の自性法身・諸菩薩の位に現れる受用法身・釈迦如来として現れる応化法身・諸天や諸鬼神の位の等流法身)であると述べています。

そして顕教の教えは、応化法身の釈迦が説いたものであるのに対し、密教の教えは、自性法身である大日如来によって説かれてたものであること、密教では言葉のみではなく三密の立場から、真言などの特殊な言語や文字で表現することができること、さらに密教はこの身このままで生きている間に悟りを得ることができることなど、密教こそが真実の教えであると説いています。

十住心論(じゅうじゅうしんろん)
正式には「秘密曼荼羅十住心論」といい、天長7年(830)、空海57歳のときに著したものであり、著作のなかでは最も大部でよく知られています。人間の心の様相を十段階で示したものですが、一~三段階までは仏教以前の段階であり、四、五段階を大乗以前の声聞・縁覚の位、六段階からを大乗とし、それぞれに法相、三論、天台、華厳、真言の各宗を当てています。また、一~九段階を顕教、十段階を密教として、九顕一密、あるいは九顕十密の思想が織り込まれています。

秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)
「十住心論」の内容を要約したものです。「三教指帰」と同じ形式をとっており、憂国の公子と玄関法師が仏教諸宗の批判、密教について問答をかわすという内容になっています。「十住心論」と同様、十住心について語られていますが、根底には他の宗教も否定しないというの空海の考え、九顕十密(煩悩も迷いも大日如来の現われにほかならない)の思想が貫かれています。

性霊集(しょうれいしゅう)
正式には「遍照発揮性霊集」といい、空海の詩文や書簡、上表文などを集めたのもので、その歴史的価値、文化的価値は非常に高いといわれています。承和2年(835)に弟子の真済によって編集されました。空海の思想がよくうかがえ、また嵯峨天皇などとの交流の様子もよくわかります。全十巻でしたが、八~十巻が散逸されたため、200年後に再び空海の遺稿が集められて編纂されました。

その他の著作としては、密教の目的である即身成仏の思想が語られた「即身成仏儀」、梵語(サンスクリット語)に関する著作「吽字義」、般若心経の密教的解釈を説いた「般若心経秘鍵」、世の中にあふれる音や現象は全て大日如来の説法だと説く「声字実相義」、密教の成立を説いた「秘密曼荼羅教付法伝」、さらに、文章や詩を論じた「文鏡秘府論」や「文筆眼心抄」などがあります。